年末の歌番組で、久しぶりに浜崎あゆみさんの歌を聴いて、ふと寂しさを覚えたあなたへ。
記憶の中にある、あのガラス細工のように繊細で、突き抜けるようなハイトーンボイスとの違いに、少し戸惑ってしまったかもしれませんね。
しかし、結論から言えば、その変化を安易に「劣化」という言葉で片付けるのはあまりにも早計です。
今の彼女の歌声は、アーティスト生命を脅かすほどの過酷な逆境と戦い、生き残るために手に入れた「進化」の証だからです。
この記事では、音楽ジャーナリストである筆者が、浜崎あゆみさんが失ったものだけでなく、その代償として手に入れた「新しい武器」について解説します。
読み終える頃には、テレビから流れるあの太く力強い歌声が、懐かしさだけでなく、震えるほどの感動を伴ってあなたの心に響くはずです。
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執筆者:相沢 渉(音楽ジャーナリスト)
音楽雑誌で15年以上にわたりJ-POPシーンの変遷を取材。特に「歌姫」たちが築いた90年代〜00年代の音楽カルチャーを専門とし、数々のアーティストのキャリアを論じてきた。「変化は劣化ではない。生き様そのものだ」という視点で、事実に基づいた解説をお届けします。
なぜ? 私たちの記憶と違う声…戸惑いの正体と「3つの変化点」
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まず、あなたが感じた「昔と違う」という違和感は決して間違いではありません。
しかし、実は浜崎あゆみさんの歌声は、デビュー以来ずっと同じだったわけではありません。彼女はキャリアを通じて、その時々の身体の状態や表現したい音楽に合わせて、歌声を常に変化させ続けてきたアーティストなのです。
彼女の歌声の歴史は、大きく以下の3つのフェーズに分けられます。
- デビュー期(~2000年頃):
誰もが知る「あゆ」の声。透明感があり、繊細で壊れそうな高音(ファルセット)が特徴。
(代表曲:A Song for ××, SEASONS) - 全盛期・変革期(2001年~2008年頃):
ロック色の強い楽曲が増加。喉を鳴らすような、太く力強い地声(チェストボイス)を多用し始めた時期。
(代表曲:evolution, Moments) - 現在(2008年以降):
後述する「聴力の喪失」に適応するため、全身を使って声を響かせる、魂の歌唱法へと進化。
(代表曲:Who…, Last angel)
つまり、私たちが今聴いているのは、「声が出なくなった」結果ではなく、「新しい表現方法を選び取った」結果なのです。
歌声変化の核心。「劣化」ではなく「適応」である3つの理由
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では、なぜ彼女は歌い方を変える必要があったのでしょうか。
その背景には、プロとしてステージに立ち続けるための、壮絶な理由がありました。
理由1:避けられなかった医学的要因「突発性難聴」との戦い
最大にして最も深刻な理由は、2008年に公表された「左耳の聴力喪失」です。
歌手にとって、自分の声を聴くための耳は命綱です。特に片耳が聴こえないと、音程(ピッチ)を正確に取ることが極めて困難になります。
彼女は「自分の声が聴こえない恐怖」の中で、それでも音程を合わせるために、喉や体の感覚を頼りに声を張り上げるスタイルへと変更せざるを得ませんでした。かつてのような軽やかな高音が減ったのは、この「聴こえない音を体で補う」ための必死の適応の結果なのです。
聴力喪失の経緯や、具体的にどのように歌い方が変化していったのかを医学的な視点も交えて詳しく知りたい方は、より踏み込んで解説している浜崎あゆみの歌い方はなぜ変わった?聴力喪失と闘い続けた歌姫の真実もあわせてチェックしてみてください。
理由2:20年超のキャリアがもたらした物理的変化
もう一つは、単純な「声帯の酷使」です。
全盛期の彼女のスケジュールは殺人的で、年間何十本ものアリーナツアーをこなしながら、信じられないハイペースで新曲をリリースし続けてきました。
トップアスリートが年齢と共にプレースタイルを変えるように、長年酷使した声帯で最高のパフォーマンスをするためには、若さ任せの高音ではなく、中低音の響きを活かした歌唱法へのシフトが必要不可欠でした。
理由3:逆境を乗り越えるための「歌唱法」の変更
上記2つの理由から、彼女は意識的に「ベルティング」に近い発声法を取り入れました。
これは、地声を高音域まで引き上げるパワフルな歌唱法で、海外のディーバ(歌姫)によく見られるスタイルです。
繊細さは減ったかもしれませんが、その分、歌詞の「痛み」や「強さ」を伝える説得力は、全盛期よりも遥かに増しています。これは劣化ではなく、今の彼女にしかできない技術的進化と言えるでしょう。なお、同じベルティング系の力強い歌唱スタイルを持つ若手として家入レオさんとの共通点を掘り下げた家入レオに似てる歌手は浜崎あゆみ?声がそっくりな理由と実力派5選も読むと、浜崎あゆみさんの現在の歌い方を「発声テクニック」という視点から立体的に理解しやすくなります。
「今の浜崎あゆみ」の聴き方。ファンが語る新しい魅力とは
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「じゃあ、今のあゆはどう楽しめばいいの?」
そう思うあなたに提案したいのは、「過去との比較をやめて、歌詞の深みを味わう」という聴き方です。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: ぜひ一度、イヤホンで最近のバラード(特にライブ音源)を聴いてみてください。
テレビのスピーカーでは伝わりにくいですが、現在の彼女の歌声には、音程を超えた「感情の揺れ」や「息遣い」が克明に記録されています。技術的な制約の中で、いかに言葉を届けるか。その凄みは、キャリアを重ね、傷ついてきた今の彼女だからこそ表現できるものです。
実際に、長年のファンからはこんな声が上がっています。
- 「昔の『Who…』は綺麗だったけど、今の『Who…』は涙が出るほど心に刺さる」
- 「声が太くなった分、バラードの包容力がすごい」
彼女の現在の歌声は、綺麗な音を出すためのものではなく、「生き様を叫ぶ」ための楽器なのです。
よくある質問(FAQ)
Q. もう昔のような声では歌えないの?
A. 聴力や声帯の物理的な変化を考えると、20代の頃と全く同じ声を出すことは医学的に困難です。しかし、それは「戻れない」だけであり、現在の声には現在の良さがあります。
Q. ボイストレーニングで治らないの?
A. 彼女は今でもハードなボイストレーニングを続けています。現在の歌声は、失われた機能を嘆いて何もしなかった結果ではなく、トレーニングによって「新しい発声」を獲得した努力の結晶です。
まとめ:その歌声は、あなたの青春と共鳴し続ける
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浜崎あゆみの歌声の変化。それは「劣化」ではなく、度重なる逆境に抗い、歌うことを諦めなかった一人の人間の「戦いの記録」でした。
もしまたテレビで彼女を見かけたら、「声が変わったな」と思う代わりに、「ああ、まだ戦っているんだな」と思ってみてください。
その瞬間、あの力強い歌声が、あなたの青春時代の思い出と共に、明日を生きる勇気として響いてくるはずです。
また、「かつての歌姫の今の歌声に戸惑いつつも、その変化の背景まで知りたい」という方には、長い沈黙を破ってステージに戻ってきた中森明菜さんの復活を追った中森明菜 復活ライブの感動と“再伝説”のはじまりもおすすめです。浜崎あゆみさんと同じように、「変化=劣化ではなく物語」であることが、別の歌姫の人生からも見えてきます。
最後に、この「進化」の過程が最もよく分かる映像をご紹介します。2000年から2019年までの『Who…』を繋いだこの動画を見れば、彼女の歌声がどのように変わり、深みを増していったのかが痛いほど伝わるはずです。
浜崎あゆみ / 「Who…」COMPLETE 2000-2019 [浜崎あゆみ Who… 2000-2019 COMPLETE]
この動画は、デビュー初期から現在に至るまでの歌声の変遷を1曲で辿ることができるため、記事で解説した「歌声の変化と進化」を実際に耳で確認するのに最適です。
【参考文献】
- ウィキニュース, 「ヴォーカリスト・浜崎あゆみさん、左耳に難聴を抱える」(2008)
- NEWSポストセブン, 「女性の発症率が増加、浜崎あゆみも苦しんだ「突発性難聴」手遅れを招く“最悪行動”」(2023)



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